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東京地方裁判所 平成9年(ワ)5520号 判決 1997年11月11日

原告

甲野太郎

被告

株式会社エキスパートスタッフ

右代表者代表取締役

坂本季美枝

右訴訟代理人弁護士

外井浩志

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一三六万三〇〇〇円並びに内金二一万四二〇〇円に対する平成八年一〇月一一日から、内金二三万四六〇〇円に対する平成八年一一月一一日から、内金二一万四二〇〇円に対する平成八年一二月一一日から、及び内金七〇万円に対する平成九年四月一日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  平成八年五月三一日の原被告間の労働契約の締結

被告は、原告との間で、平成八年五月三一日、次の約定で、株式会社日刊編集センターに原告を労働者派遣をし、解説記事に関する校閲業務に従事させることを内容とする労働契約を締結した(以下「本件労働契約」という。)。

(一) 労働者派遣の期間 平成八年六月三日から同年一一月末日まで

(二) 派遣就業をする日 月曜日から金曜日まで

(三) 派遣就業の開始及び終了の時刻正午から午後六時まで

(四) 時給 一七〇〇円

(五) 賃金の支払期日 毎月末締め翌月一〇日払い

2  平成八年七月三〇日の原被告間の合意

(一) 被告と原告とは、平成八年七月三〇日、同年七月末日をもって本件労働契約を解約すること、被告は、原告に対し、同年八月一日から同年八月三一日までの間の賃金相当額を支払うこと、被告は、原告に対し、同年九月一日から同年一一月三〇日までの間、新たな就職先を紹介し、原告の生活の保障を確約するものとすること、以上のとおり合意した(以下「本件合意」という。)。

(二) 本件合意の成立に至る前、原告は、本件労働契約の定める派遣の期間である平成八年一一月末日までの生活保障を求めている。すなわち、原告は、賃金の三箇月分ないし四箇月分相当額の補償を求めたが、被告がこれに応じなかったため、原被告間で話し合った結果、被告は、原告に対し、同年八月の一箇月分についてだけ賃金の一〇〇パーセント相当額を補償し、同年九月一日から同年一一月三〇日までの間は、賃金相当額の給付に代えて新たに就職先を紹介することで本件合意の成立に至ったものである。

新たな就職先の紹介は、賃金相当額の無償給付が難しいという被告の応答を受けての結論であり、不履行があった場合には、八月と同様に賃金相当額の無償給付を行うことを前提に合意に至っている。したがって、被告は、本件合意により、同年九月一日から同年一一月三〇日までの間の新たな就職先を紹介する義務を怠ったときは、原告に対し、右の間の賃金相当額の損害賠償義務を負うことを約したものというべきである。

3  被告の債務不履行

被告は、本件合意により定められた同年九月一日から同年一一月三〇日までの間の新たな就職先を原告に紹介する債務を履行しなかった。

4  原告の受けた損害

(一) 平成八年九月から同年一一月までの各月において原告の就労が可能であった時間及びこれに対応する時給一七〇〇円により算定した賃金相当額は、同年九月一日から同年九月三〇日までの間が一二六時間及び金二一万四二〇〇円、同年一〇月一日から同年一〇月三一日までの間が一三八時間及び金二三万四六〇〇円、並びに同年一一月一日から同年一一月三〇日までの間が一二六時間及び金二一万四二〇〇円である。

(二) 原告は、被告の債務不履行により精神的苦痛を受けた。この精神的苦痛に対する慰謝料は金七〇万円が相当である。

5  よって、原告は、被告に対し、本件合意に基づく債務の不履行による損害賠償請求権に基づき、右各賃金相当額による損害金合計金一三六万三〇〇〇円並びに内金二一万四二〇〇円に対する平成八年一〇月一一日から、内金二三万四六〇〇円に対する平成八年一一月一一日から、内金二一万四二〇〇円に対する平成八年一二月一一日から、及び内金七〇万円に対する平成九年四月一日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金並びに慰謝料金七〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成九年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実は認める。(二)の事実のうち、被告が、原告に対し、平成八年八月の一箇月分についてだけ賃金の一〇〇パーセント相当額を補償し、同年九月一日から同年一一月三〇日までの間は、新たに就職先を紹介することで本件合意の成立に至ったことは認め、その余の事実は否認する。被告は、就職先を紹介して、原告が生活できるように努力しようという意思であった。

3  同3は争う。抗弁として主張するとおり、被告は、原告に対し、就職先を紹介したのであり、本件合意に基づく債務は履行している。

4  同4の事実のうち、被(ママ)告にその主張に係る損害が発生したことは否認する。

5  同5は争う。

原告は、平成八年一〇月一六日、東京簡易裁判所に本件訴訟の被告を被告として同年九月分の賃金二一万四二〇〇円の支払を求める訴えを提起し、さらに、同年一二月一一日、訴えの追加的変更により同年一〇月分及び同年一一月分の賃金四四万八八〇〇円の支払を求めた。この賃金請求は、被告が原告の就労を事前に拒否する意思を明確にしたため、原告の債務(労務を遂行すること)の履行が、債権者である被告の責めに帰すべき事由により不能となったことを理由とする民法五三六条二項に基づく請求であった。東京簡易裁判所は、平成九年二月二五日、原告の請求を棄却する判決を言い渡し、この判決は確定した。

原告は、本件訴訟では、平成八年九月分ないし同年一一月分の賃金相当額の損害賠償を請求しているが、この請求は、前訴の賃金請求が認められなかったので、賃金相当額の損害賠償を求める請求に構成し直したに過ぎず、請求の内容は実質的には同一である。

よって、前訴の判決の既判力によって異なる判断をすることは許されないものであり、原告の請求は棄却を免れない。

三  抗弁

被告代表取締役坂本季美枝は、本件合意に先立つ平成八年七月中旬に、原告に対し、原告に派遣労働者としてではなく就職するよう勧め、被告の取引先のリストを見せてこれらの会社の中で従業員を求めている会社があれば紹介すると述べ、また、株式会社リクルート人材センターに紹介状を書き、原告にこれを交付して、就職先の斡旋を受けるように指示していた。さらに、坂本は、原告に対し、同年七月下旬、株式会社クレストのパンフレットを交付し、責任者に会ってみるよう勧めた。その後、同年七月三〇日、本件合意が成立し、坂本が株式会社クレスト東京支社の責任者青木に電話をかけて原告に対して採用面接を行うよう話をし、これを受けて、原告は、同年八月一日、株式会社クレスト東京支社の責任者青木と会って採用面接を受け、青木からは採用したい旨告げられ、すぐにでも勤務してほしいと言われた。しかし、原告は、坂本に対し、自分が一生勤め上げる会社なので、一〇〇パーセント気に入った会社でなければならないと述べ、結局、同年八月九日、青木に対し、株式会社クレストへの就職を断った。坂本は、他に数社就職先がないか調べたが、いずれも従業員の募集はしていなかったため、原告に紹介するに至らなかった。

右のとおり、被告は、原告に対し、就職先を紹介したのであり、本件合意に基づく債務は履行している。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、被告代表取締役坂本季美枝が、原告に対し、平成八年七月下旬、株式会社クレストのパンフレットを交付し、責任者に会ってみるよう勧めたこと、同年七月三〇日、本件合意が成立し、坂本が株式会社クレスト東京支社の責任者青木に電話をかけて原告に対して採用面接を行うよう話をし、これを受けて、原告が、同年八月一日、株式会社クレスト東京支社の責任者青木の採用面接を受け、青木からは採用したい旨告げられ、すぐにでも勤務してほしいと言われたこと、原告が、坂本に対し、自分が一生勤め上げる会社なので、一〇〇パーセント気に入った会社でなければならないと述べ、結局、同年八月九日、青木に対し、株式会社クレストへの就職を断ったこと、以上の事実は認め、その余の事実は否認する。原告が株式会社クレストへの就職を断ったのは、同社が従業員数一〇名くらいの小規模な会社であり、社長との地縁や血縁が会社の人事に及ぼす影響が大きい企業との印象を受けたこと、勤務条件について原告の希望との間に隔たりがあったこと、坂本等から、同社は従業員の定着が良くないと聞き、また、青木について芳しからぬ人物評を聞いていたため、同社に永年雇用を期待するのは困難と判断したからである。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  訴訟物の同一性について

(証拠略)に弁論の全趣旨を併せれば、原告は、平成八年一〇月一六日、本件訴訟の被告を被告とし、本件労働契約に基づき、同年九月分の賃金二一万四二〇〇円の支払を求める訴えを東京簡易裁判所に提起し(平成八年(ハ)第三一二二七号賃金請求事件)、さらに、同年一二月一一日、訴えの追加的変更により本件労働契約に基づき、同年一〇月分及び同年一一月分の賃金四四万八八〇〇円の支払を求めたこと、この賃金請求は、被告の申出により同年七月三一日をもって派遣先における就業を中断したことを理由とするものであったこと、東京簡易裁判所は、平成九年二月二五日、原告の請求を棄却する判決を言い渡し、この判決は確定したこと、以上の事実を認めることができる。

右の事実によれば、原告が東京簡易裁判所に提起した右訴訟は、被告が原告の就労を事前に拒否する意思を明確にしたため、本件労働契約に基づく原告の債務(労務を遂行すること)の履行が、債権者である被告の責めに帰すべき事由により不能となったことを理由とする民法五三六条二項に基づく請求を対象とするものであることが明らかである。これに対し、本件訴訟は、本件合意をもって本件労働契約を合意解約し、この合意において被告が原告に対し派遣就業の残余の期間に対応する賃金相当額の給付に代えて新たに就職先を紹介することを約したが、被告がこれを履行しなかったことを理由とする債務不履行による損害賠償請求を対象とするものである。このように、原告が東京簡易裁判所に提起した前記訴訟と本件訴訟とは、前者が民法五三六条二項に基づく請求(本件労働契約に基づく賃金請求)を対象とし、後者が本件合意に基づく債務の不履行を理由とする損害賠償請求を対象とするものであって、その対象が異なるから、本件訴訟は、前記訴訟の訴訟物と同一の訴訟物について訴えを提起したものとはいえない。

よって、本件訴訟の判決について前記訴訟の判決の既判力が働く旨の被告の主張は、これを採用することができない。

二  本件合意について

1  請求の原因1の事実、同2(一)の事実、同2(二)の事実のうち、被告が、原告に対し、平成八年八月の一箇月分についてだけ賃金の一〇〇パーセント相当額を補償し、同年九月一日から同年一一月三〇日までの間は、新たに就職先を紹介することで本件合意の成立に至ったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、(証拠・人証略)の結果を併せて考えれば、原告は、本件労働契約に基づき、株式会社日刊編集センターで派遣労働者として職務を遂行していたこと、ところが、派遣開始後一箇月もたたないうちに、株式会社日刊編集センターから被告代表取締役坂本季美枝に対し、原告の勤務態度につき苦情の申入れがあり、別の人に代えてほしいとの申入れがされたこと、そこで、坂本は、原告に派遣社員を辞めてもらおうと考えたが、円滑に話を進めるために、まず、原告に就職先を紹介しようと考え、同年七月中旬、原告に会って派遣社員をやめて就職するよう勧め、株式会社リクルート人材センター宛の紹介状を書いて原告に渡したり、同年七月下旬には原告に就職先として株式会社クレストを紹介したりしたこと、ところが、同年七月三〇日、株式会社日刊編集センターから、原告を派遣しないでほしい、別の人に代えてほしいとの強い要望があったため、坂本は、就職先の決定を待たずに原告を解雇する方針を固め、即日、原告に対し、同年七月三一日をもって派遣を打ち切る旨通告したこと、原告は、納得がいかず、理由の説明を求めたが、坂本は理由を告げなかったこと、原告は本件労働契約が途中で解約されることによる残余の期間相当の原告の生活の保障を求めたのに対し、坂本は当初八月一箇月分の六〇パーセントだけを保障する考えであったが、交渉の結果、被告が、原告に対し、同年八月の一箇月分についてだけ賃金の一〇〇パーセント相当額を保障し、同年九月一日から同年一一月三〇日までの間については賃金相当額の保障はしないが、右の期間における原告の生活を保障する趣旨で新たに就職先を紹介することとなり、本件合意の成立に至ったこと、以上の事実が認められ、原告本人及び被告代表者坂本季美枝の各供述中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず、他に右認定に反する証拠はない。

右認定事実に基づいて考えると、被告は、本件合意において、原告に対し、本件労働契約の残余の期間である同年九月一日から同年一一月三〇日までの間における原告の生活を保障する趣旨で新たに就職先を紹介することを約したものであり、被告は右義務の履行として、少なくとも右の期間に対応する期間は原告が就労することができる労働契約であり、本件労働契約における賃金その他の労働条件と同程度ないしそれ以上の労働条件を内容とする労働契約を締結することができる相当な見込のある新たな就職先を紹介することを要し、かつ、それをもって足りるものと解するのが相当である。

三  本件合意に基づく債務の履行について

1  抗弁事実のうち、被告代表取締役坂本季美枝が、原告に対し、平成八年七月下旬、株式会社クレストのパンフレットを交付し、責任者に会ってみるよう勧めたこと、同年七月三〇日、本件合意が成立し、坂本が株式会社クレスト東京支社の責任者青木に電話をかけて原告に対して採用面接を行うよう話をし、これを受けて、原告が、同年八月一日、株式会社クレスト東京支社の責任者青木の採用面接を受け、青木からは採用したい旨告げられ、すぐにでも勤務してほしいと言われたこと、しかし、原告は、坂本に対し、自分が一生勤め上げる会社なので、一〇〇パーセント気に入った会社でなければならないと述べ、結局、同年八月九日、青木に対し、同社への就職を断ったこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、(証拠・人証略)の結果を併せて考えれば、原告は、平成八年七月下旬以降被告代表取締役坂本季美枝から就職先として株式会社クレストを紹介され、責任者に会ってみるよう勧められていたが、本件合意が成立した際に坂本が株式会社クレストの東京支社の責任者青木に電話をかけて原告が採用面接を受けることができるよう段取りをしてくれたので、原告は、同年八月一日、株式会社クレスト東京支社の責任者青木の採用面接を受け、青木からは採用したい旨告げられ、すぐにでも勤務してほしいと言われたこと、青木の提示していた賃金は年額四五〇万円であり、本件労働契約における賃金よりも相当よく、労働条件も特に問題がなかったこと、しかし、原告は、自分が永続的に勤務できるよりよい就職先の紹介を受けたいと考えたために、同社に就職しないことを決意し、その旨青木に連絡したこと、以上の事実が認められ、右事実に基づいて考えると、被告は、原告に対し、株式会社クレストを紹介し、責任者青木による採用面接を受けることができるよう段取りをしたことによって、少なくとも本件労働契約の残余の期間である同年九月一日から同年一一月三〇日までの間に原告が就労して賃金の支払を受けることができる就職先を紹介したものであり、これを受けて行われた株式会社クレストの採用面接において、その東京支社の責任者青木が、原告に対し、原告を採用したいと告げ、すぐにでも勤務してほしいと述べたのであるから、原告が株式会社クレストに対して就職を申し込めば、同社との間で、本件労働契約における賃金その他の労働条件と同程度ないしそれ以上の労働条件を内容とする労働契約を締結することができたことが明らかであるというべきであり、被告は、原告に対し、本件合意に基づく新たな就職先の紹介をする債務を履行したものということができる。

四  結論

そうすると、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 髙世三郎)

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